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最近、家の食卓で某横綱さんの話題がのぼります。ちらっとネットで見ても「処分が甘い」という言葉を見ますが、これはどうなのだろう、と思います。ルールがあって、それを守らなければ何らかのペナルティがあるのも分かります。他のスポーツはそうやっているはず。
ただ、それに対して「伝統を汚した」といきり立つのはどうかと思うのです。これは話は別なのでは。平気な顔をして「横綱の品位がどうの」と偉そうな顔をする人の方の人格を疑います。
だってそもそも、相撲、それもおすもうさん個人ではなく協会そのものが差別から離れられない体質を持っているのです。差別を「伝統」や「仕来り」という都合の良い言葉で綺麗に隠してしまっている。それが「日本の国民性、日本の品位」だというのなら、何とも醜く悲しいことです。協会だけでなく、それを認めている人も、みんな、そう。或いは他国は「洗脳されてるから」という目で見ながら、自身がマスメディアに踊らされていることに気付いていないのか。自分が間違っているかもしらない、と疑うこともしない。無知はそれだけで悪ではないのか。
それとも差別する人の人格が良い、と言うのでしょうか。
しかし私は協会が差別という醜いもので成り立っているのだからおすもうさん個人が何をしても言える立場ではないのだ、と主張したいのではないので、そこだけは明確に記しておきます。別に協会が差別していても、他者がおかしな行動をしていればそれに何か言っても良いのです。
別の話しなのだから。
差別体質について別の話、ですがちょこっとだけ。
国技館の土俵には、未だに女性が立てないとか……。地方の子供達の相撲の全国大会が開催されるのですが、女性が勝ちあがったとき、二位の男性が全国大会に出場になったのです。他にもトンネルの開通式に参加するために来た知事が女性で、入ることを断られたとか……。未だに女性の入山を禁止する山があるとか……。すべては「仕来り」のなせる業。おそろしい。何故、そしていつ、どのようにして女性差別、女性蔑視、の意識が日本人に植え付けられたのか。出産などのイメージからなる、血の穢れ。因みに日本のGEM(ジェンダ・エンパワーメント)指数は、2004年時点で世界で38位。とても先進国とは言えない悲しい数字です。更には男女格差報告では115カ国中、79位と途上国並みの最低の評価だったそうです。日本で女性の地位向上、と訴えると、ものすごい反発にあいます。自分の地位をおとしたくない男性からだけでなく、不思議なことに女性からも多く反発が……。という話はまた別で語るとしますか。ちょこっとだけって言ったのにね。
そんなこんなで、習慣だの伝統だの仕来りだの、それが出来上がった意味から目を逸らして、形骸化したそれらに固執する頭の固い人間が多すぎるように思います。
相撲というか、日本人は日本人以外の人に対して特に厳しい。心が狭い、と感じる。愛国心という言葉で飾って自分を正当化している人を見ると、日本人でいることが恥ずかしくさえ思います。
本当に、相撲ってスポーツではいのだし、日本以外には出て行けない、精神的に鎖国したままのものだと思う。このままだと廃る一方ですね。それもまた、自業自得。