ゆったりのんびり、そして楽しく
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着替えようとして人差し指の爪で足首をひっかき、爪が剥がれる思いがしました。痛かった。仕事柄、爪は殆ど伸ばしていないのに、その僅か一ミリが皮膚に引っかかってしまったので……す。うう。因みに自分で締めた引き戸で指を詰めたり、観音開きの扉を自分で閉じながらそこで指を挟んだり、自分の足に反対側の自分の足を引っ掛けて転びかけたり、そういう馬鹿みたいな事故がよく起こる体質だったりします。え、体質じゃない。そうですか…。
つづきにSSをひとつ。
楽しい話ではなく微妙な話なので……、そのうち消すかもしれません。
つづきにSSをひとつ。
楽しい話ではなく微妙な話なので……、そのうち消すかもしれません。
『代替の女』
何の映画の曲だっただろう。酷く懐かしい曲ばかりが流れている友人の勤める飲み屋でひとり、その曲から連想される映画の場面を思い出したりしてぼんやりと飲んでいたときだった。カウンタの端でひっそり飲んでいる女がひとり。何故だか思い出せない映画のタイトルよりも私の心を細い爪でかりかりと引っかくのだった。そう思ってじっくり観察してみると、女はひどくぼうっとしたようにカウンタの奥に並べられている瓶の辺りを眺めていて、目の前の酒は思い出したようにたまに口を付ける程度だった。ぼうっとしたように、と言ってもそれは酔った風ではない。酒が好きな様子でも誰かと話したい様子でもなく、では何の為にここへ来ているのだろうとひとつの疑問に辿りついた。
「気になるの?」
「え?」
相手に気づかれないように密かに観察しているつもりだったけれど、店員である友人は敏感に私の心を読み取ったらしい。この友人は時折エスパではないかと疑ってしまうくらいに私の心を中てるのだけれど、まだエスパかどうか本人に確認をとったことはない。いつか聞いてみようと思いながら、それを出す日を思い描いてにこにこ楽しんでいるのだ。
「彼女。……よくここへ来て、ひとりで飲んでるのよ」
「うーん。そっか……、じゃあ、いっちょやってみますか」
にっこりお手本のように綺麗に微笑む友人に後押しされるように立ち上がってから、些かこの友人の思惑に乗せられすぎかもしれないと気づきながら、それでも気になる気持ちに正直に、そうして私は静かに歩き出した。
******
「隣、座っても良いですか?」
「…………ええ、どうぞ」
人の良い笑みを浮かべてみせるのは得意だった。その技術をこれでもかというくらい駆使して話しかけてみたら、女はゆっくりと振り返り、自然な様子で微笑み返してくれた。ひと言だけで、分かるものがある。初対面の人に話しかけられたときの所作、返答、表情。その女の返答は全くそつが無く、無難以上のものを持っていた。
「今日はいい天気でしたね。暑すぎるくらいで困りましたが……」
まずは天候の話。常套手段で反応を窺ってみると、女は少し視線を逸らし、考え事をするように笑みを抑えて少し真剣な表情をしてみせた。
「……お話、するの、嫌いなのかしら?」
「え、……ああ、いいえ。嫌いではありません。積極的に好きでもありませんけど。……そうですね」
様子を見て失敗したかもしれないとすぐに確認を入れてみると、女はすぐに笑みを取り戻して否定した。
「気を遣わせてしまう前に断っておきますが、私、人付き合いが苦手なのです」
微笑みながら自然に話す女の様子は慣れたもので、まるで人付き合いが苦手と言う人物のするものではなかった。私は正直に苦笑して答える。
「そんな風には……、見えません」
流れていた曲が静かに終わり、次に血の流れまで変わるかのような、どこかわくわくする曲が掛かる。とても懐かしい、二つの山の物語。
「そう? じゃあ、少し、お話しましょうか」
「はい」
タイミングを計っていたかのように、目の前で薄くなっていた酒が新しいものに取り替えられていった。
****
「人付き合いが苦手、というのは、それそのものの意味と共に、言葉に出して言うときは牽制の意味も含んでいるのね」
「牽制……、ああ、なるほど、です」
「とにかく私は小さい頃から、自分の中に何も無いことを知っていた。私は楽しい人間じゃないから、一緒に居ても楽しくないだろうし、だからといって他に何も与えられるものなんて無かった」
「そんなの……、誰かと一緒に居ることに、そんな、理由なんて必要ないと思いますけど」
それは理解できる思いではあったけれど、自虐的に過ぎる考えのように思えた。そもそも一緒にいて楽しいか楽しくないかなんて、その相手にしか分からないことではないか。
「あなたはそうなのでしょうね。それでいい、ということも分かります。でも、私は違うの。私は誰かと居るとき、常に自分の存在の理由を必要としたわ。誰かのために自分の時間を使うのは構わないのに、自分の為に誰かの時間を使わせるのは嫌だった。迷惑を掛けているとしか、思えなかった」
「そんなの……、不公平じゃないですか」
それは同等ではない。友だちというのは、そういうものを考えずに一緒に居るものなのだろう、と思うのだけれど、そう、このひとはそれを信じることができないのだ。私は顔に貼り付けていた仮面の笑みを外して、真剣な表情で女に向き合ってみた。
「そうね。あなたの言うとおりかもしれない。でも私は……、私には、この生き方しかできなかった」
俯く女の寂しそうに揺れる睫を見ながら、そういえば名前を聞いていないと思い出した。とてもそれを知りたいと思った。
「ひとりで生きるのは、寂しいけれど、楽ではあるのよ。物心つく頃から何かをすれば否定され、放置されてきたからかしら。愛情に関する能力が育たなかったのね。人を好きになれない私は誰からも好かれない。求めないから与えられない。何もかも自分と自分の世界との対話で、それしか私には無いの」
自分の世界との対話だけだと語る女は、しかし、語ることで自分以外の世界を獲得しようとしている。それは無視してはいけない声だ。私が聞き届けるべき声だと思うと、無性にこの女が愛しく思えてきた。
「ねえ、来週もここへ来て、お話聞かせてもらえないかな」
愛しい思いが届きますように。そう祈りながらの言葉を、女は目を少し見開いて聞いていた。そこに微笑みは無かったけれど、それは女の真実の表情だと思えた。
「……あなた、……いえ、ええ。……ありがとう」
名前を聞くのはそのときでいいだろう。
来週までの楽しみとしておこう。
******
勢いで書いてみる企画(?)。
一人称で書くのはもしかして初めてかも。
Copyright (C) 2007 Shiki Tohko.All Rights Reserved.
何の映画の曲だっただろう。酷く懐かしい曲ばかりが流れている友人の勤める飲み屋でひとり、その曲から連想される映画の場面を思い出したりしてぼんやりと飲んでいたときだった。カウンタの端でひっそり飲んでいる女がひとり。何故だか思い出せない映画のタイトルよりも私の心を細い爪でかりかりと引っかくのだった。そう思ってじっくり観察してみると、女はひどくぼうっとしたようにカウンタの奥に並べられている瓶の辺りを眺めていて、目の前の酒は思い出したようにたまに口を付ける程度だった。ぼうっとしたように、と言ってもそれは酔った風ではない。酒が好きな様子でも誰かと話したい様子でもなく、では何の為にここへ来ているのだろうとひとつの疑問に辿りついた。
「気になるの?」
「え?」
相手に気づかれないように密かに観察しているつもりだったけれど、店員である友人は敏感に私の心を読み取ったらしい。この友人は時折エスパではないかと疑ってしまうくらいに私の心を中てるのだけれど、まだエスパかどうか本人に確認をとったことはない。いつか聞いてみようと思いながら、それを出す日を思い描いてにこにこ楽しんでいるのだ。
「彼女。……よくここへ来て、ひとりで飲んでるのよ」
「うーん。そっか……、じゃあ、いっちょやってみますか」
にっこりお手本のように綺麗に微笑む友人に後押しされるように立ち上がってから、些かこの友人の思惑に乗せられすぎかもしれないと気づきながら、それでも気になる気持ちに正直に、そうして私は静かに歩き出した。
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「隣、座っても良いですか?」
「…………ええ、どうぞ」
人の良い笑みを浮かべてみせるのは得意だった。その技術をこれでもかというくらい駆使して話しかけてみたら、女はゆっくりと振り返り、自然な様子で微笑み返してくれた。ひと言だけで、分かるものがある。初対面の人に話しかけられたときの所作、返答、表情。その女の返答は全くそつが無く、無難以上のものを持っていた。
「今日はいい天気でしたね。暑すぎるくらいで困りましたが……」
まずは天候の話。常套手段で反応を窺ってみると、女は少し視線を逸らし、考え事をするように笑みを抑えて少し真剣な表情をしてみせた。
「……お話、するの、嫌いなのかしら?」
「え、……ああ、いいえ。嫌いではありません。積極的に好きでもありませんけど。……そうですね」
様子を見て失敗したかもしれないとすぐに確認を入れてみると、女はすぐに笑みを取り戻して否定した。
「気を遣わせてしまう前に断っておきますが、私、人付き合いが苦手なのです」
微笑みながら自然に話す女の様子は慣れたもので、まるで人付き合いが苦手と言う人物のするものではなかった。私は正直に苦笑して答える。
「そんな風には……、見えません」
流れていた曲が静かに終わり、次に血の流れまで変わるかのような、どこかわくわくする曲が掛かる。とても懐かしい、二つの山の物語。
「そう? じゃあ、少し、お話しましょうか」
「はい」
タイミングを計っていたかのように、目の前で薄くなっていた酒が新しいものに取り替えられていった。
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「人付き合いが苦手、というのは、それそのものの意味と共に、言葉に出して言うときは牽制の意味も含んでいるのね」
「牽制……、ああ、なるほど、です」
「とにかく私は小さい頃から、自分の中に何も無いことを知っていた。私は楽しい人間じゃないから、一緒に居ても楽しくないだろうし、だからといって他に何も与えられるものなんて無かった」
「そんなの……、誰かと一緒に居ることに、そんな、理由なんて必要ないと思いますけど」
それは理解できる思いではあったけれど、自虐的に過ぎる考えのように思えた。そもそも一緒にいて楽しいか楽しくないかなんて、その相手にしか分からないことではないか。
「あなたはそうなのでしょうね。それでいい、ということも分かります。でも、私は違うの。私は誰かと居るとき、常に自分の存在の理由を必要としたわ。誰かのために自分の時間を使うのは構わないのに、自分の為に誰かの時間を使わせるのは嫌だった。迷惑を掛けているとしか、思えなかった」
「そんなの……、不公平じゃないですか」
それは同等ではない。友だちというのは、そういうものを考えずに一緒に居るものなのだろう、と思うのだけれど、そう、このひとはそれを信じることができないのだ。私は顔に貼り付けていた仮面の笑みを外して、真剣な表情で女に向き合ってみた。
「そうね。あなたの言うとおりかもしれない。でも私は……、私には、この生き方しかできなかった」
俯く女の寂しそうに揺れる睫を見ながら、そういえば名前を聞いていないと思い出した。とてもそれを知りたいと思った。
「ひとりで生きるのは、寂しいけれど、楽ではあるのよ。物心つく頃から何かをすれば否定され、放置されてきたからかしら。愛情に関する能力が育たなかったのね。人を好きになれない私は誰からも好かれない。求めないから与えられない。何もかも自分と自分の世界との対話で、それしか私には無いの」
自分の世界との対話だけだと語る女は、しかし、語ることで自分以外の世界を獲得しようとしている。それは無視してはいけない声だ。私が聞き届けるべき声だと思うと、無性にこの女が愛しく思えてきた。
「ねえ、来週もここへ来て、お話聞かせてもらえないかな」
愛しい思いが届きますように。そう祈りながらの言葉を、女は目を少し見開いて聞いていた。そこに微笑みは無かったけれど、それは女の真実の表情だと思えた。
「……あなた、……いえ、ええ。……ありがとう」
名前を聞くのはそのときでいいだろう。
来週までの楽しみとしておこう。
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勢いで書いてみる企画(?)。
一人称で書くのはもしかして初めてかも。
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