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動野が学校を休んだ 。いや、朝居たのは確認しているのだから、正確には欠席とは言わないのかもしれない。そのまま授業にも出てこなかったけれど、またいつものように屋上でごろごろしているのかと安易に考え、昼休みになってからやっとで行ってみたけれど動野の姿はそこに無かった。それもまた良くあることだったので、溜息ひとつ零しただけで諦めた静本はまた放課後になってから校内を探し回った。
家に戻っている筈は無い。
なのに学校のどこにも居ないのを確認した静本は、そこで急に不安になってきた。
いつもの球場かもしれない。
そう思った静本は、鞄も持たずにふらりと校門を出た。
歩く速度はいつも一定。
無意味な習慣が心地良い。
踏む足のリズムが単調で、脳を退化させるよう。
無駄な楽器がもどかしいようで心地良い。
ただそこに、 一番欲しいものが足りない 。
動野
傍にいたいというささやかな気持ちすら重荷なのだろうか。
『まんまる』
どこまでも遠く響く波音は既に無音と同じ。珍しく晴れ渡った空は高く、まばらな雲がゆっくりと流れている。日差しは温かくても吹く風は潮を孕んで冷たい。総ての素晴らしい景色が温度も彩度も無くす程の輝きがそこに在る。
「動野」
砂浜に流れ着いた流木に腰を据えて足を無造作に投げ出したまま、動野はじいっと空を見上げていた。ずっとその体勢では首が凝って痛いだろうに。
「あれ?静本が見えるような気がする……」
呼び声に殊更ゆったりとした動作で振り返った動野は、案の定ぐるりと振った首につられるようにそのまま背中から砂浜に倒れ込んだ。 砂まみれになり仰向けの体勢から起き上がろうともせずに緩やかに笑う動野の姿に、一瞬だけれども静本の足が止まる。
微塵も揺るがない表情の下で、
動野が曝け出す隙に、
心を躍らせながら、
同時に心を曇らせるから。
「動野、学校サボったね」
「いやぁ、静本。春はアレだね、やっぱり苺に限るね」
軽く静本の言葉を無視した動野は、腕を伸ばして手の中の新作の苺チョコレートを嬉しそうに静本に示す。それは大事に抱えていたからか、どこもかしこも砂まみれの動野の手にあって無事に砂がかかっていないように見えた。 腕を伸ばした静本は、差し出されたそれを受け取らずに動本の腕を掴み、仰向けに寝転んだままの動野を強引に起き上がらせた。お菓子の話題に乗っていたらいつまで待っても本題に辿り着けないのだ。
「動野、今年は受験生なんだよ……?まさか高校、行かないつもりなの?」
「日数はしっかり確保するから平気。高校は行くよ、とりあえずだけどね」
低く問い掛ける静本から腕を取り戻し、動野は反応の無かったチョコレートを仕舞って背を向け、砂浜を軽やかに歩き始めた。いつものように静本は黙ってその後を付いていく。
動野の見慣れた後姿は、
独特のリズムを刻んで揺れる。
動野だけが有する、
とびっきりの音楽。
「学校サボって何してたの?」
途切れる事の無い、 静本だけの道しるべ。
「うん……、静本の事、考えてたんよ」
意外な言葉に足を止めた静本だけれど、それでは歩きつづける事を止めない動野との距離が広がるばかり。離れたくないと慌てて追いかける。 小さい頃からずっと、いつもいつも静本はこうして追いかけつづけている。真っ直ぐに進むその後姿だけを。
「…………僕の事って?」
自分の事を考えていてくれるのは、勿論、嬉しい。しかし、じりじりと湧き上がる不安は心に疚しい事がある証拠。心臓がどきどき脈を打つ。
分かっている。
分かっている。
そうして諦めた静本が口を開こうとしたとき、くるりと振り返った動野の強い瞳が静本を刺した。
「静本、両瀬高校しか受験しないって聞いたんよ、俺。 ……本当?」
いつか気付かれるだろうとは思っていた。いつまでも黙っていられることではないし、どうせもう数ヶ月もすればばれること。しかしこんなに早い段階で知られる筈では無かったのに。
「ふぅん。答えないって事はやっぱ本当なんね……」
しっかりと表情を捉えて逃さない動野は無言の静本が示す答えを正確に掴む。
「動野、僕は」
「馬鹿な事言ってないでちゃんと上の高校も受験しなきゃ駄ー目。静本は、もっと高い場所を狙えるんだからさ」
だってそこには、
動野が居ない。
「僕は動野の傍に居たいんだよ……」
精一杯訴えたのに、動野は強い光を宿す瞳を険しく顰めて溜め息を吐く。そして次に強く引き結んだ口が何よりも雄弁にその意志を示すのだった。許さないとその強い視線が語っている。 暫く静本の言葉を吟味するように黙っていた動野が、ゆっくりと口を開いた。
「そんな理由で……、それだけの理由で決めたりすんなよな」
それまでの軽い口調とはまるで違う、重く切り捨てる言葉が静本を突き落とす。
自分の事など動野にとっては“それだけ”でしか無いのかと、
絶望する。
目の前が暗く眩むのはまばたきをくりかえした所為と足元の砂の粒が流れた所為だ。
「僕には……、重要な事なんだよ。動野、一緒の高校へ行こうよ」
「駄目なものは駄目。……そんな事したら俺、一生静本の事許さないかんねー」
動野の言葉だけが僕に幸せを与えるように、
動野の言葉だけが僕に苦しみを与える。
自分の感情の総て。
その苦しみさえ愛しく感じる自分は間違っているのだろうか。
それでもただ無に戻されるよりは。
「動野……」
「大丈夫。何かあったらウチにくれば良いんよ」
いつでも相手になってやるからと、まるで魔法のように自分を安心させる鷹揚な表情と言葉で強く語る動野に嘘が無いことは良く分かる。静本は漸く頷いた。
「分かった。他も受験するよ。だから僕を見捨てないでくれる?」
僅かでも何かを与えられるのであれば、それで満足しよう。
そう決めた静本に、動野は微笑を向けてくれる。
「…………?」
しかしその笑みは見た事も無い程の暗い笑みで、静本を混乱させる。
いつもの自信に満ち溢れた笑みではない。
淋しいような、
諦めるような。
「動野?」
許さないと自分で言っておきながらどうしてそんな顔をするのだろう。
一緒に居たいのは、
「大丈夫。静本はどこででも一人で立っていける」
他も受験すると言った言葉を翻そうと口を開きかけた静本に、今度は優しい笑み。
「……信じてんよ」
他でもない動野にそこまで言われては頷くより他にない。
しかし、これから先、動野と離れて過ごすというのか。僕の知らない場所で僕の知らない人間に囲まれて僕の知らない時間を過ごすと。
信じられない気持ちが眩暈を起こしそうだった。
それでも。 違う高校を受験しろという動野の本意がどこにあるとしても、 静本は示さなければならないだろう。信じているという言葉の意味が何であれ、示さなければならないのだ。
自分という人間がどうして立っていけるのか。
一人で立つ事だって出来るだろう。
動野が居るのであれば。
「で、結局こうなんか……」
動野は僅かに困ったように、それでも微笑んで静本を見つめる。そう、結局他も受験したにもかかわらず、静本は面瀬高校しか受からなかったのだった。わざとではない。
「悪い……」
口では殊勝にそう言ってみるけれど、静本は本当は嬉しくてしょうがないのだ。これで一緒の高校へ通えるのだから。
やっぱり、自分にはまだまだ動野が傍に居ないと駄目なのだ。
それだけの事。
「ま、しょうがないか。これからもヨロシクなー」
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